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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)88号 判決

大阪府大阪市北区堂島浜一丁目2番6号

原告

旭化成工業株式会社

代表者代表取締役

世古真臣

訴訟代理人弁理士

佐藤辰男

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 麻生渡

指定代理人

岩瀬眞紀子

田中靖紘

涌井幸一

主文

特許庁が、昭和62年審判第6333号事件について、平成元年1月31日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

主文同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和54年5月28日、名称を「水分散性金属粉組成物」とする発明(以下「本願発明」という。発明の名称は、後に、「水分散性アルミニウム粉末ペースト組成物」と補正された。)にっき特許出願をした(昭和54年特許願第65007号)が、昭和62年1月8日に拒絶査定を受けたので、同年4月16日、これに対する不服の審判を請求した。

特許庁は、これを昭和62年審判第6333号事件として審理したうえ、平成元年1月31日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年4月3日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

別添審決書写し記載のとおりである。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、英国特許第1116721号明細書(以下「引用例」という。)を引用し、本願発明は引用例に記載された発明と同一であるから特許法29条1項3号の規定により特許を受けることができない、と判断した。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明と引用例発明とで得られた組成物に差異は認められないとの認定の結論部分(審決書7頁14~15行)と全体の結論部分(同7頁16~20行)のみを争い、上記認定の根拠とされている事項の認定(同6頁20行~7頁14行)を含め、その余は全部認める。

審決は、本願発明と引用例発明とは得られた組成物において同一であるとの誤った認定をし、その結果、本願発明と引用例発明とは同一であるとの誤った判断をするに至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  塗料分野においては、近年省資源、無公害化対策として有機溶剤を用いない水性塗料が多用されるようになってきた。

一方、金属性顔料、特にアルミニウム粉末顔料は乾燥状態では粉塵が立ちやすく、ときには粉塵爆発を起こすおそれがある。また、微粒子状あるいはフレーク状のいずれの形でも細かに粉砕された状態のアルミニウムは冷水とは徐々に、沸騰水では急速に反応して水素を発生し水酸化アルミニウムとなる。

したがって、アルミニウム粉末顔料を水性塗料に使用可能な粉末ペーストとすることが要望されていたが、貯蔵安定性が低い等の理由で満足すべきものは得られていない。現に、アルミニウム粉末ペーストについて、日本工業規格K-5910(甲第4号証)に、アルミニウム地金を粉砕加工して有機溶剤でのり状にしたもので塗料用顔料に適するように作られたものと規定されており、水性ペーストについてはまだ定められていない。

本願発明は、上記有機溶剤の代わりに水を用いてのり状とした長期貯蔵安定性に優れた水性塗料用の水分散性アルミニウム粉末ペースト組成物を提供したものである。

一方、引用例発明は、水性及び/又は有機媒体中に、その発明前に知られている処理剤で処理された物質より容易に分散することができる改善された無機粉状物質を、すなわち、これを顔料についていえば、水性及び/又は油性塗料中に、その発明前に知られている処理剤で処理された顔料より容易に分散することができる改善された無機粉末顔料を提供することを目的とするものである。

2(1)  審決は、本願発明と引用例発明とは得られた組成物において同一であるとする理由の第1として、引用例に、「ここで得られた無機粉末顔料を水または有機溶媒の助けによって液状として用いる旨の記載もある」ことを挙げている(審決書7頁6~8行)。

引用例に上記趣旨の記載があること自体は認める。しかし、引用例発明は、水性媒体及び/又は有機媒体中に容易に分散することのできる無機粉末顔料を提供することを目的とするものであることは上記のとおりであって、水性媒体と有機媒体とのいずれにも、あるいは水性媒体のみに分散できる顔料だけを提供することを目的とするものでない以上、引用例が例示する極めて多種多用な顔料の中には、有機媒体にしか使用しないものも含まれているはずである。したがって、引用例に上記趣旨の記載があるからといって、そのことから直ちに引用例発明で使用する無機粉末顔料ならばどれでも水性媒体に使用できる旨がそこに示されていることになるわけではない。他方、アルミニウム粉末顔料はその水との反応性のために水性塗料に通常使用されない顔料であることは前述のとおりである。

そうとすれば、引用例に上記記載があるからといって、引用例発明の無機粉末顔料に含まれるアルミニウム粉末顔料が水性媒体に使用されることまでが直ちにそれによって示されることにはならず、水との反応性というアルミニウムの有する特性を考慮すれば、むしろアルミニウム粉末顔料はそこでも有機媒体に使用されるだけで水性媒体には使用されないものとされていると見なければならない。

ところが、審決は、この点を全く考慮に入れず、引用例では引用例発明に使用される無機粉末顔料はすべて水性媒体にも使用できるものとされているとの誤った認識を当然の前提として論を進め、そのため引用例に上記記載があることを根拠に引用例発明のアルミニウム粉末顔料も水性媒体に使用されるものとされているとの誤った認定をするに至った。

上述したところは、アルミニウム粉末顔料と水性媒体との関係一般に当てはまることであるが、特にアルミニウム粉末顔料が本願発明におけるように長期貯蔵安定性に優れたペーストとして使用される場合には、典型的に現れる。このようなペーストにおいては、その使用目的からして長期貯蔵に耐える必要から逃れられないから、顔料粉末と媒体との反応性から生ずる問題は、仮にその製造段階あるいは製造直後には発生せずにすむことがあるとしても、その後の段階で明確、顕著に現れてこざるをえないからである。

本願明細書に示された水分散性、水安定性及び貯蔵安定性の試験結果を見れば、本願発明の水性アルミニウムペーストは、ガス発生がほとんどなく、6箇月室温で貯蔵した場合に性状に変化がないという優れた性能、換言すれば、長期間安定に保存でき、かつそれを用いて作られた塗料の性能も良好である性質を有している。分散性の問題を解決したにすぎない引用例発明に関する引用例の上記記載がこのような水性アルミニウムペーストを示唆するものでないことは、上述したところに照らして明らかといわなければならない。

(2)  顔料の分散とは、例えば昭和46年5月1日発行の「塗料の流動と顔料分散」(甲第10号証の1~3)に「ぬれた粒子が液体ビヒクル中に移動し各粒子が安定に分離することである」(甲第10号証の2の167頁8行)と説明されているように、顔料が凝集又は沈澱することなく展色剤(ベヒクル)中に混合することであり、したがって、引用例にいう易分散性とは、顔料が凝集又は沈澱することなく容易に展色剤(ベヒクル)中に混合することを意味するだけで、それ以上に、本願明細書において水安定性及び貯蔵安定性の問題として示される顔料と媒体との反応の抑制のことまで意味するものではない。

したがって、引用例発明が解決した分散性の問題は、本願発明の水性アルミニウムペーストの前記優れた性質を実現するために解決しなければならない問題の一つではあっても、同性質を実現するために解決しなければならない他の問題であるアルミニウムと水との反応の抑制の問題がこれによって解決されるわけではなく、この問題は分散性の問題とは異なった技術的課題であるといわなければならないから、これが分散性の問題であることを前提にする被告の主張は失当である。

本願発明で使用するリン酸エステル化合物がアルミニウムと水との反応性をアルミニウム顔料粉末を長期貯蔵可能な塗料としての使用が可能な程度に抑制することは、本願発明によって初めて明らかにされたことであって本願出願当時まだ知られておらず、いわんや当時の技術常識ではなかったから、上記事項が当時の技術常識であったことを根拠にする被告の主張も成り立ちえない。

被告の挙げる文献類(乙第7、第8号証の各1~4、第9、第10号証、第11号証の1~4)に被告主張の記載があることは認めるが、これらの記載も上記のことに影響を及ぼすものではない。

「顔料及び絵具」(乙第7号証の1~4)及び「塗料と塗装」(乙第8号証の1~4)は、顔料に表面処理を施すこと、あるいは顔料に界面活性剤を吸着させることにより展色剤(ベヒクル)中への顔料の分散性が改善されることを概説したものにすぎない。

米国特許第2080299号明細書(乙第9号証)記載の発明は、腐食からの金属の保護、特に水分と酸素との共存作用からの鉄系金属の保護に関するものではあるが、そこでは、硬化しない油とリン酸エステル化合物とからなる防錆剤で金属表面を処理しており、その防錆効果は油によって得られるものであることは、リン酸エステル化合物が油の使用量の10%以下であること(クレーム1及び9訳文参照)からも明らかである。

特開昭52-16536号公報(乙第10号証)記載の発明は、顔料を可塑剤又はレジン溶液で被覆した後に水性塗料中に界面活性剤とともに分散させるものであり、そこでは、顔料特にアルミニウム顔料を可塑剤又はレジン溶液で被覆した後、これを水性塗料中に界面活性剤の助けを借りて分散させているのであって、塗料の腐食は可塑剤又はレジン溶液で防止されている。そのため、ここでの可塑剤又はレジン溶液の使用量は、実施例1でアルミニウム顔料100部に対し可塑剤(ジオクチルフタレート)100部を使用していることからも明らかなように極めて多い。可塑剤のこの使用量は、引用例発明におけるリン酸エステルの使用量の0.01~10重量%(好ましくは0.05~3重量%)(甲第3号証4頁5~13行、訳文12頁13~15行)と比較したとき、いかに多量であるか理解できるであろう。このことから見て、この発明の顔料は、表面が完全に可塑剤又はレジンで覆われており、顔料自体は表面に露出していないと考えられる。しかも、可塑剤又はレジンは界面活性剤ではない。

「界面活性剤の合成と其應用」(乙第11号証の1~4)の記載は、ある種のリン酸エステルが界面活性剤の一種であることを説明しているにすぎない。

3  審決は、上記認定判断の第2の理由として、「一般に顔料の使用に際して、顔料を乾燥状態でそのまま塗料ベヒクルに混入するより、むしろ一旦ベヒクルに馴じみの良い液状体にして混合する、例えば水性塗料に混入するのであれば顔料の水性ペーストとして混合するのは当業者の慣用的な手段である」ことを挙げている(審決書7頁9~14行)。

ここで審決が述べている一般論自体は認める。しかし、引用例において、アルミニウム顔料粉末のみに着目したときは、それが水性媒体に使用されるものとはされていないこと、特に水性ペーストとして使用されるものとはされていないことは2で述べたとおりである。

本願出願前の当業者の常識としても、アルミニウム粉末顔料に関する限り、それを水性塗料のべヒクルになじみのよい液状体、すなわち水性ペーストにして混入することは避けるべきであるとされていたことは、昭和39年11月20日発行の「塗料ハンドブック(再増補版)」(乙第2号証の1~3)に「エマルジョンペイントに配合する顔料及び増量剤を選択するには相当な注意を必要とする。アルカリ感受性、反応性のものはエマルジョンの安定性を損うので避けるべきである。この外尖鋭結晶型のものはエマルジョン粒子の保護皮膜を破り、吸着面の大なる顔料は乳化剤を吸着するので共にエマルジョンを破壊する故同様避けるべきである。」(同号証の2の401頁下から14~10行)、「乳化重合塗料に用いられる顔料は前述のエマルジョンペイントの顔料の項で述べた線と大体一致する。次にその主たる注意事項を述べる。乳化液の凝結を惹起するような二価及び三価の金属の可溶性塩の含有量ができるだけ低い顔料を選ぶべきであり、分散性の容易な顔料であること。そして急速に水を吸収するような顔料は避ける。」(同421頁5~9行)と記載されていることと、アルミニウム粉末顔料は水反応性であり、水と反応すると水酸化アルミニウム(アルミニムは三価の金属である。)を生成するものであることからも明らかといわなければならない。

審決の述べる上記一般論はこの結論に何ら影響を及ぼすものではないから、これをもって審決の上記認定判断の根拠とすることはできない。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。

1  引用例に水性及び/又は有機媒体中に容易に分散することのできる無機粉状物質に関する発明が記載されていること、そこには本願発明の一般式で示される有機リン酸エステル化合物を表面に付着した易分散性の顔料無機粉体の開示がなされていること、上記顔料無機粉体中にアルミニウム粉体が含まれることは、原告も認めるところである。そして、審決が認定したとおり、引用例に「ここで得られた無機粉末顔料を水または有機溶媒の助けによって液状として用いる旨の記載もある」ことも、審決が引用した箇所の適切さはともかく原告も認めるとおりであるから、引用例には、本願発明と同一構成の粉末顔料を水及び/又は有機溶媒の助けによって液状として用いる旨の記載もあるといってよいことが明らかである。

他方、引用例には、「湿潤挙動(注、親有機特性と親水特性の強弱)は、適当なリン酸エステルを選び、且つそれが用いられる量を選ぶことにより、実質的に変えることができる。」(甲第3号証訳文19頁1~3行。注につき同5頁左欄41~51行、訳文17頁17行~18頁3行)と記載され、さらに、実施例に、そのままでは水性媒体のみに分散しやすいルチル顔料としての二酸化チタンを、表面処理するリン酸エステルの種類を選択することにより、水性媒体にも有機媒体にも分散しやすい顔料にする例(実施例1、3、4)や有機媒体だけに分散しやすい顔料にする例(実施例2)が開示されており、これらのことは、同一種類の顔料につき、その表面被覆処理に用いるリン酸エステルの種類と量を適当に選ぶことにより、水性媒体のみ、有機媒体のみ、水性媒体及び有機媒体の双方に容易に分散することのできる顔料が得られることを示している。したがって、顔料の表面は通常親水性又は親有機性のどちらかであることが多いとはいえ、引用例発明は、同一種類の顔料につき、必要に応じ、引用例に記載されたリン酸エステルの種類と量を適当に選んでこれでその表面を被覆することによりその性質を変えて、有機媒体のみ、水性媒体のみ、又はその双方に容易に分散することのできる顔料とすることを目的の一つとしているということができる。

引用例発明がこのようなものであるとすれば、その顔料をアルミニウム粉末とした場合、そこに、本願発明と同一構成の粉末顔料を水性媒体の助けによって液状として用いる旨の記載もあるといってよいことが明らかである。

2  アルミニウムと水との反応性の強さを根拠とする原告主張は成り立たない。

(1)  顔料と媒体との反応性に関係の深い表面層に着目した場合、リン酸エステルで被覆処理されたアルミニウム粉末顔料と未処理のそれとは別物質ということができるから、後者が水に対して強い反応性を示すからといって前者もそうであることにならないことは当然である。

そもそも、引用例発明が被処理物としている「アルミニウム-ブロンズ」は、フレーク状のアルミニウム粉末顔料であり、これは、粒径も大きいことから練磨手段を併用することなく容易に分散することができるものであって、これを反応のおそれのない有機媒体中にだけ分散させるのなら、わざわざリン酸エステルで被覆するという表面処理をする必要はなく、有機媒体に界面活性剤であるリン酸エステルを添加し分散させれば足りるのである。にもかかわらず、引用例発明がこれを被処理物としていることは、リン酸エステルで被覆されたアルミニウム粉末顔料を媒体との関係で特別視する理由が何ら存在しないからである。

このようにアルミニウム粉末顔料の表面を被覆することにより別物質としてアルミニウムの水に対する強い反応性を抑え、アルミニウム粉末顔料の水性ペーストを得ることは、本願明細書にも引用されている昭和36年5月26日公告の特公昭36-5884号公報(甲第5号証)にも、また、昭和52年2月7日公開の特開昭52-16536号公報(乙第10号証)にも示されているとおり、既に周知の技術である。

(2)  昭和46年5月1日発行の「塗料の流動と顔料分散」(甲第10号証の1~3)に記載されているように、一般に分散とは「ぬれた粒子が液体ビヒクル中に移動し各粒子が安定に分離すること」(同号証の2の167頁8行)であること、昭和52年1月20日発行の「顔料及び絵具〔改訂版〕」(乙第7号証の1~4)に記載されているように「分散は顔料と展色材との間の化学作用にも大いに関係がある。」(同号証の3の71頁7行)こと、昭和48年7月30日発行の「塗料と塗装」(乙第8号証の1~4)に記載されているように「界面活性剤を吸着させて顔料とビヒクルの界面張力を低下させてぬれをよくして分散性・安全性を向上した顔料とする。」(同号証の3の64頁13~14行)ことは、いずれも本願出願当時の技術常識であった。そして、顔料と展色剤との間に化学作用が生じれば凝集、沈澱分離、析出等上記分散の妨げとなる現象が起こりうるのであるから、上記技術常識からすれば、引用例にいう分散という概念には顔料と媒体との好ましくない化学作用を排除することも当然包含されているものといわなければならない。

以上のとおりであるから、無機粉末顔料をリン酸エステルで表面処理して易分散性にする旨の引用例の記載は、被処理物質である無機粉末顔料と媒体との好ましくない化学作用を抑え、本願明細書にいう水安定性、長期貯蔵安定性を向上させる旨をも当然包含するものといわなければならない。

(3)  無機粉末顔料をリン酸エステルで表面処理して易分散性にする旨の引用例の記載が、被処理物質である無機粉末顔料と媒体との好ましくない化学作用を抑え、本願明細書にいう水安定性、長期貯蔵安定性を向上させる旨をも包含するものであることは、仮に上記のように分散という概念一般のみによって裏付けることができないとしても、これに、引用例発明で表面処理剤とされているリン酸エステルにつき、以下のとおり、それが耐腐食性に有用でありかつ顔料にも適用されることが技術常識であり(乙第9、10号証)、さらに、それに基づく水溶性非イオン界面活性剤が周知であったこと(乙第11号証)をも加えるときは、これらにより裏付けられているということができる。

1937年5月11日発行の米国特許第2080299号明細書(乙第9号証)には、腐食からの金属の保護、特に水分と酸素との共存作用からの鉄系金属の保護に関する発明について記載されており、そこでは、この保護にリン酸エステルが有用であることが開示されている(同1頁右欄11~35行、3頁右欄59~67行各訳文)。

この米国特許明細書に「これらの目的(注、金属の腐食防止)は、水分と酸素との共存による影響に実質的にさらされる金属表面に、ある種の中性または酸性のリン酸の有機エステルを適用することにより達成される。」(同1頁左欄37~41行訳文)と記載され、さらに、実施例1において、有機リン酸エステルを添加した油で被覆した銃身と無添加の油で被覆した銃身の防錆効果をテストし、前者には錆が出ないが後者には錆が発生することが開示されている(同2頁左欄68行~右欄8行訳文)ことからすれば、油のみでは防錆力が弱く、有機リン酸エステルを添加することにより十分な防錆力、耐腐食性が得られることが示されていることは明らかであるから、上記明細書における防錆効果は油によるものであるとの原告主張は失当である。

昭和52年2月7日公開の特開昭52-16536号公報(乙第10号証)には、「顔料特にアルミニウム顔料を可塑剤又は(および)レジン溶液で被覆した後これを界面活性剤の助けを借りて水性塗料に分散させた顔料入り水性塗料」が特許請求の範囲に記載され、「顔料は耐酸耐アルカリ性にすぐれた可塑剤又は(および)レジン溶液で被覆されているため、これを水性塗料中に分散しても顔料は腐食することなく本来の性質を保持する」こと、被覆する可塑剤にトリクレジルホスフェート、トリオクチルホスフェート(これらはいずれもリン酸エステルである。)が含まれることが開示されている(同1頁明細書右欄2~5行、2頁左下欄3~4行)。

この公報で採用されている可塑剤又はレジンと界面活性剤という分類は、物質の複数の機能、特性のうちの一面をとらえた分類にすぎず、可塑剤又はレジンであると同時に界面活性剤であるものも少なくなく、このことは、同公報で可塑剤として例示されているトリオクチルホスフェートが引用例記載のオルトリン酸の非イオン性表面活性トリエステルの具体例として示されているもの(甲第3号証訳文5頁9~12行)であることや上記公報に「水性塗料に既に界面活性剤が存在する時又はレジンそのものが、たとえば、酸基を一部有するレジンのアミン塩等のアルカリ塩、即ち、界面活性剤である時は界面活性剤は加えなくても良いが、」(乙第10号証1頁明細書右欄末行~2頁左欄3行)と記載されていることからも明らかであるから、可塑剤又はレジンは界面活性剤でないとする原告の主張は失当である。換言すれば、上記公報には、顔料特にアルミニウム顔料を耐酸性などに優れた界面活性剤で被覆した後これを水性塗料に分散させた顔料入り水性塗料が開示されており、この被覆された顔料を水性塗料中に分散しても顔料は腐食することなく本来の性質を保持することが開示されているということができる。

1968年7月20日発行の「界面活性剤の合成と其應用」(乙第11号証の1~4)にはリン酸エステルに基づく水溶性非イオン界面活性剤が記載されている(同号証の3の149頁)。

3  引用例に本願発明と同一構成の粉末顔料を水性媒体の助けによって液状として用いる旨の記載もあるといってよいことは上述したとおりであり、「一般に顔料の使用に際して、顔料を乾燥状態でそのまま塗料ベヒクルに混入するより、むしろ一旦ベヒクルに馴じみの良い液状体にして混合する、例えば水性塗料に混入するのであれば顔料の水性ペーストとして混合するのは当業者の慣用的な手段である」との審決の認定は原告も認めるところであるから、本願発明と引用例発明とは得られた組成物においても同一であるとした審決の認定判断に誤りはない。

第5  証拠

本件記録中の各書証目録の記載を引用する(書証の成立は、いずれも当事者間に争いがない。)。

第6  当裁判所の判断

1  審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明と引用例発明とは被処理物、処理剤化合物及び得られた組成物のいずれにおいても同一であるから発明として同一であるとして、本願は拒絶すべきものであると判断した。

本願発明と引用例発明との同一性の判断において問題となる上記3点のうち被処理物及び処理剤化合物の2点において両者が共通することは当事者間に争いがなく、本件の争点は、残りの1点すなわち得られた組成物においても両者が同一であるか否かである。

2  そこで、本願発明を検討する。

(1)  まず、本願出願前、アルミニウム粉末(顔料)と水性媒体との関係について、当業者がどのように認識していたかを見ると、昭和46年2月5日発行の「化学大辞典」(第6号証の1~3)に記載されているように、アルミニウムが「常温では純粋な水によって侵されないが、酸素を含む通常の水には徐々に侵される」(同号証の2の438頁)性質を持つものであることを基本認識として、特公昭36-5884号公報(甲第5号証)の「一般に、アルミニウムフレークの粉末顔料を、例えば水或は、アクリル酸、ポリ酢酸ビニル、ブタジエンースチレン、カゼイン、アルキツド及び共重合体分散剤の如きペイントに広く用いられる型の水性系に於ける水性乳剤の如き水性ビヒクルの中に入れる時、通常数時間から1、2週間に及ぶ激しい反応が起り、顔料としてアルミニウムフレークの実質上の破壊が生じ、変色したパルプ或はかたまりに変化する。この反応は、ペイントを通常の如く密閉容器に詰める時、しばしば爆発段階に達するガスの発生を伴う。」(同2頁左欄23~32行)、特開昭52-16536号公報(乙第10号証)の「顔料を水性塗料に加えると塗料中の酸又は(および)アルカリ成分により腐食し、塗料が変質したり、分散性が悪くなつたり、顔料本来の性質が減少する恐れがあり、水性塗料用の顔料は耐酸耐アルカリ性にすぐれたものを使用しているのが実状である。特にアルミニウム顔料はこの傾向が大きく、塗料のメタリツク調を長期間保持することはむずかしく宿命的なものとしてあきらめていた。」(同号証明細書1欄9行~16行)との各記載に見られる認識が一般的であったと認められる。1959年制定又は改正され1968年確認された塗料用アルミニウムペーストに関するJIS規格(甲第4号証)に、塗料用アルミニウムペーストとは「アルミニウム地金・・・を粉砕加工して有機溶剤でのり状にしたもので、塗料用顔料に適するように作ったものである。」として、水性溶剤を用いた塗料用アルミニウムペーストには触れられていないのも、この認識が一般的であったことを裏付けるものということができる。

これらによれば、アルミニウム粉末顔料は、水に対して、それによって容易に侵されて腐食し顔料としての性質が損なわれるという意味での反応性を有するものであり、この意味での反応性の問題を解決しない限り、水性媒体に使用することは困難と一般に考えられていたことが明らかである。

(2)  以上の当業者の認識を前提に本願明細書(甲第2号証の1~3)を見ると、本願発明が、従来の水分散性アルミニウム粉末顔料の欠点、すなわち、「水性塗料中での貯蔵安定性が低いという欠点があり、このため、貯蔵中に顔料の分散性が低下したり、多量のガスが発生したりすることによつて、塗料の性状が著しく損われる」(同号証の1の2欄18~21行)欠点を改良することを目的とし、前示本願発明の要旨に示された「長期貯蔵安定性に優れた水性塗料用の水分散性アルミニウム粉末ペースト組成物」を得たものであること、そして、得られたペーストの性状について、水分散性の試験と並んで、「20時間放置後のガス発生状態を観察する」水安定性の試験、「室温で6ケ月貯蔵後の性状を調べる」貯蔵安定性の試験により検査し、また、これを水性塗料に用いたときの塗料については、分散安定性の試験と並んで、「20時間放置後のガス発生状態を観察する」ガス発生試験、「塗料配合後、直ちに塗装した塗膜と3カ月室温で放置された塗料を用いて塗装した塗膜とを比較観察する」塗膜外観試験により検査し、比較例に比し、それぞれの検査において良好な結果を得たものであることが認められ、これによれば、本願発明は、従来方法の欠点である多量のガス発生という上記アルミニウム粉末顔料と水との反応性に由来する問題を解決し、6箇月あるいは3箇月という長期間の貯蔵安定性を達成したものであることが認められる。

3(1)  一方、甲第3号証によれば、引用例発明は、1964年7月23日にドイツ国においてされた特許出願に基づき、1965年6月21日、英国に特許出願された「水性及び/又は有機媒体中に容易に分散することのできる無機粉状物質及びそのような物質の製造方法に関する」(同号証訳文1頁7~9行)発明であり、引用例には、次のように説明していることが認められる。

(2)  まず、「粉状物質例えば充填剤及びより特別には顔料は、液体付属相内でしばしば使用或いは加工されており、分散に関連して含まれる困難性が克服されなければならない。」(同1頁10~12行)として、分散に関連した困難性の克服が引用例発明の課題であることを示し、これについては、従来から、「大きい粒子の湿潤及び粉砕が分散方法の二つの最も重要な面である」(同1頁15~16行)ことが認識されていて、粉砕については多くの機械的補助手段が開発されていること、湿潤については、分散補助剤の添加や表面活性補助剤を被分散固体粒子の表面に被覆する方法も知られていることを述べ(同1頁16行~3頁19行)、次いで、引用例発明の説明に入り、その処理剤化合物及び被処理物、処理方法について概括的に説明した(同3頁20行~12頁15行)後、「顔料及び充填剤として特に重要である二酸化チタンの表面処理を以下に一例として十分に説明する」(同12頁16~18行)として、以下これにつき、処理の具体的方法を述べ、得られた二酸化チタン顔料につき、その性質を知るための試験方法を分散挙動の試験と湿潤挙動の試験とに分けて詳細に説明し(同14頁11行~18頁3行)、説明の締めくくりとして、引用例発明に従って用いられるリン酸エステルの有効性を特に湿潤挙動に関して述べ(同18頁4行~19頁4行)、以下、被処理物として二酸化チタン、酸化クロム、赤色酸化鉄、黄色酸化鉄、黒色酸化鉄、硫化亜鉛を、処理剤化合物として8種類のリン酸エステルを用いた実施例を挙げ(同19頁5行~26頁3行)、最後に、13項にわたる特許請求の範囲を記載している。

そして、上記試験方法の記載によると、分散挙動の試験としては、有機媒体及び水性媒体でのそれぞれの分散速度を知るためのボールミル試験、有機媒体での分散の程度を知るための溶解機試験が行われ、湿潤挙動の試験は、親有機特性、親水特性を知るために行われていることが認められる。

また、上記実施例の記載によると、二酸化チタンを用いた実施例1~4、10、11にあっては、分散挙動は、有機媒体で未処理のものより改良されて良好、水性媒体で未処理のものと同様に良好又は十分、湿潤挙動は、親有機性かつ親水性(同1、3、4)、前者はいずれの媒体でも未処理のものより改良、後者は親有機性かつ親水性(同10、11)、前者は有機媒体で未処理のものより改良、後者は親有機性、撥水性効果(疎水性)を示す(同2)という結果が示されており、酸化クロム、赤色酸化鉄、黄色酸化鉄、黒色酸化鉄、硫化亜鉛を用いた実施例5~9にあっては、有機媒体での分散速度が未処理のものより改良される(同5)、約2倍良好(同6、7、8)、4倍良好(同9)であるが、水性媒体で試験結果の記載はないことが認められる。

(3)  以上に検討した引用例の記載によれば、引用例発明は、分散に関連して含まれる困難性の克服をその技術的課題とするものであり、このための手段として、粒子の粉砕、媒体中での分散の速度、程度及び湿潤挙動の変換を考えていることが明らかである。

そして、この湿潤挙動の変換については、上記説明の締めくくりの部分に「粉末形態の無機物質の表面は、化学組成、構造及び製造方法の結果、通常親水性及び疎有機性である。この湿潤挙動は適当なリン酸エステルによる被覆により他の極端、即ち疎水性及び親有機性に変換することができる。」(甲第3号証訳文18頁10~13行)、「湿潤挙動はアルキル鎖内に8個未満の炭素原子を有するリン酸エステル類・・・で被覆することにより親水性特性を弱めることなく首尾良く親有機性にすることができる。」(同頁16~20行)と特記されていることによれば、引用例発明は、リン酸エステルによる被覆処理により、通常疎有機性の無機粉状物質を親有機性に変換することに、その発明の主眼があるものということができる。

(4)  そして、乙第7号証の1ないし4によれば、昭和52年1月20日発行の「顔料及び絵具〔改訂版〕」の「顔料の表面に関する諸問題」の項に、次のように記載されていることが認められる。

「塗料中での顔料と展色材との理想的状態は、細かい顔料粒子の1粒ずつが展色材中に分散し、それが凝集することなく、安定な懸濁液を作っていることが望ましい。このような安定な分散状態は顔料と展色材とを単に混合するだけでは得られない。次の三つの段階を通るものと考えられる。

(1)凝集した顔料粒子を個々の第1次粒子に機械的にこわす。

(2)顔料-空気の界面を顔料-展色材の界面に置き換える。

(3)個々の粒子を安定な分散状態に保つ。

第2の段階では展色材が顔料表面をヌラスwetすることが必要である。ヌレwettingの度合は展色材と顔料との間の界面張力Surface tensionによって左右される。・・・顔料の中、水に親和性のあるものを親水性Hydrophilic、親和性のないものを疎水性Hydrophobicといい、油類(媒体)に親和性のあるものを親油性organophilic(親媒性Lyophilic)という。

・・・ヌレ及び分散は顔料の表面層と展色材との間の関係によって決まるものであるから、この性質を変えるためには顔料表面の性質を変化させることが必要である。その方法としては、(1)顔料に分散剤Dispersing agent、或は湿潤剤Wetting Agent等の表面活性剤Surface active, agent, Surfactantを加える。(2)顔料の表面を化学的処理によって変化させる。

・・・顔料表面を化学的に処理してその性質を変化させる方法としては、・・・又酸化チタンの表面に珪酸アルミ等の膜を作ることもある。」(同号証の3の69頁16行~71頁14行)

(5)  この記載中の三つの段階がそれぞれ、前示引用例における粒子の粉砕、湿潤挙動の変換、分散挙動に対応していることは明らかである。

すなわち、引用例発明は、顔料についての一般書である上記文献に顔料の表面に関する問題の一つとして取り上げられている顔料の展色材中での安定な分散という課題についての発明であり、引用例に接した当業者もそのように理解するものと認められる。

被告は、上記文献中の「分散は顔料と展色材との間の化学作用にも大いに関係がある。」(同71頁7行)の記載をとらえて、分散という概念には顔料と媒体との好ましくない化学作用を排除することも当然包含されていると主張するが、この記載を同文献の文脈において見れば、そこでいう「化学作用」が、顔料と媒体との間の化学反応全般に着目したうえで、これらすべてを含むものとして使用されているとは考えられず、そこにいう「分散」に直接関係するものを意味するにすぎないから、被告の主張は採用できない。

4  以上に述べたアルミニウム粉末顔料と水性媒体との関係についての本願出願前の当業者の認識、本願発明の内容、引用例の記載内容を総合すれば、引用例には、本願発明が水分散性の問題とともに解決すべき課題としたアルミニウム粉末顔料と水との反応性に由来する水安定性及び貯蔵安定性の問題を解決する手段を開示ないし示唆するものは見当たらないというべきである。

確かに、引用例には、被処理物の一つとして、「アルミニウム-ブロンズ」すなわちフレーク状のアルミニウム粉末顔料が挙げられているが、上記説示に照らせば、引用例発明の主眼とする有機媒体に分散し易い組成物となる無機粉状物質の一例として挙げられていると見るべきである。被告は、フレーク状のアルミニウム粉末顔料は未処理の場合でも有機媒体に容易に分散するから、有機媒体中にだけ分散させるのなら、これをわざわざリン酸エステルで被覆処理する必要はないと主張するが、引用例発明が、より良好な分散性を求めて被覆処理する場合を除外していないことは、上記引用例の記載内容に照らして明らかであるから、被告の主張は採用できない。

結局のところ、引用例に、アルミニウム粉末顔料をリン酸エステルによって被覆処理して水性媒体との反応を抑制し、長期貯蔵安定性に優れた水性塗料用の水分散性アルミニウム粉末ペースト組成物を得ること、したがってまた、そのような組成物が開示されていると認めることはできない。

5(1)  被告は、顔料と媒体との反応性に関係の深い表面層に着目した場合、被覆処理をしたアルミニウム粉末顔料と裸のそれとは同一ではないから、後者が水に対して反応するからといって前者もそうであるとは限らないということを、その主張の根拠の一つとしている。

そして、甲第5号証及び乙第10号証によれば、特公昭36-5884号公報及び特開昭52-16536号公報には、いずれも、そこに掲げられた物質でアルミニウム粉末顔料を被覆処理することによりアルミニウム粉末顔料の水との反応性を抑制し、これを水性媒体に使用できるものとする発明が記載されていることが認められるから、被覆処理によりアルミニウム粉末顔料の水との反応性を抑制してこれを水性塗料として使用する方法があること自体は、本願出願前既に周知であったということができる。

しかし、表面に被覆処理がされたアルミニウム粉末顔料であれば、処理剤がどのようなものであれその水との反応性は顔料を水性塗料として使用することができる程度に抑制されると、換言すれば、アルミニウム粉末顔料の水との反応性は被覆処理一般によって容易に上記の程度に失われると理解されていたと認めさせる資料は、本件全証拠を検討しても見出せない。

上記各公報の存在とその記載は、上記のとおり、一方において、被覆処理によりアルミニウム粉末顔料の水との反応性を抑制してこれを水性媒体に使用する方法があることが周知であったことを物語るものであるが、この点では、むしろ、アルミニウム粉末顔料の水との反応性が被覆処理によって水性媒体に使用できるほどに抑制できるのは特定の物質により処理をした特定の場合に限られる、と理解されていたことを認めさせるものとしての意味を有するものというべきである。

被覆処理をしたアルミニウム粉末顔料と未処理のそれとは別物質であることを根拠とする被告の主張は採用できない。

(2)  被告は、さらに、リン酸エステルにつき、それが耐腐食性に有用でありかつ顔料にも適用されることが技術常識であったとして、1937年5月11日発行の米国特許第2080299号明細書(乙第9号証)及び昭和52年2月7日公開の特開昭52-16536号公報(同第10号証)を挙げる。

同米国特許明細書に、腐食からの金属の保護、特に水分と酸素との共存作用からの鉄系金属の保護に関する発明に関して、この保護にリン酸エステルが有用である旨の被告主張の記載があることは、当事者間に争いがない。

しかし、同米国特許発明は非硬化油とリン酸エステルによって金属、特に鉄系金属を保護するものであり、かつ、そこで非硬化油が金属の保護に無関係であるとされていることを窺わせるものはないと認められるから、同発明はリン酸エステルだけで金属の保護ができるとするものでなく、そこでのリン酸エステルの役割は、非硬化油の存在を前提にしてのものであるとされていることが明らかである。そうとすれば、リン酸エステルだけでアルミニウム粉末顔料の水との反応性を顔料としての性能を損なわない程度にまで抑制することができる旨を上記記載から読みとることはできない。

上記特開昭52-16536号公報に「顔料特にアルミニウム顔料を可塑剤又は(および)レジン溶液で被覆した後これを界面活性剤の助けを借りて水性塗料に分散させた顔料入り水性塗料」(特許請求の範囲)の発明に関し、被告主張のとおりの記載があることは、当事者間に争いがなく、これによるときは、そこに掲げられている物質により被覆処理をした特定の場合にはアルミニウム粉末顔料の水との反応性が顔料を水性塗料として使用できるほどに抑制できることが開示されているといえる。

しかし、上記公報で被覆用の処理剤とされているのは、具体的に挙げられているものを除けば、「耐酸耐アルカリ性にすぐれた可塑剤又は(および)レジン溶液」(乙第10号証2欄2~3行)であり、これらは「耐食性が大きいことが肝要であり、本発明の効果をあらわさないものは除外する。」(同4欄10~12行)とされているのであるから、これらの記載によって明らかになるのは、結局、アルミニウム粉末顔料の水との反応性をアルミニウム粉末顔料を水性塗料として使用できるほどに抑制できる物質で被覆処理すればアルミニウム粉末顔料を水性塗料として使用できるという、ある意味では至極当然のことにすぎない。そして、上記公報に具体的に挙げられている処理剤の中に本願発明におけると同一のものは含まれていない。

上記公報に被覆用処理剤として具体的に挙げられているトリクレジルホスフェート、トリオクチルホスフェートはリン酸エステルであるが、それらは本願発明の処理剤化合物とは別物質であり、別物質である以上その性質が同一とは限らず、かつ、上記公報においては、特にリン酸エステルであること自体に着目した記載は見られないから、これらが挙げられているとの事実をもって、引用例に、本願発明で処理剤とされている物質がアルミニウム粉末顔料と水との反応性をアルミニウム粉末顔料を水性塗料として使用できる程度に抑制することが開示されていると見る根拠にすることはできない。

(3)  その他の被告の主張及び本件全証拠を検討しても、引用例に、本願発明の組成物である水分散性アルミニウム粉末ペースト組成物が開示されていることを根拠づける理由及び資料は見出すことができない。

6  以上によれば、審決は、本願発明と引用例発明とを対比する際、得られた組成物の同一性に関する認定において、誤った認定を行ったといわなければならず、審決のこの誤りはその結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、審決は違法として取消しを免れない。

よって、原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 木本洋子)

昭和62年審判第6333号

審決

大阪府大阪市北区堂島浜1丁目2番6号

請求人 旭化成工業株式会社

東京都新宿区四谷3丁目7番地 かつ新ビル5B代理人弁理士 星野透

昭和54年特許願第65007号「水分散性アルミニウム金属粉末ペースト組成物」拒絶査定に対する審判事件(昭和60年 2月28日出願公告、特公昭60-8057)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

Ⅰ.この出願は、昭和54年5月28日の出願であって、その発明の要旨は、明細書の記載からみて特許法第17条の3の規定によって補正された特許請求の範囲に記載された次のとおりと認める。「アルミニウム粉末及びアルミニウム粉末に対して0.1~20重量%の下記の一般式(1)で示される有機リン酸エステル化合物(但し、トリオクチルホスフェートを除く)とからなることを特徴とする長期貯蔵安定性に優れた水性塗料用の水分散性アルミニウム粉末ペースト組成物。

(1)

〈省略〉

ここでRは、炭素数6~24のアルキル基、炭素数6~24のアルケニル基または炭素数6~24のアルキル置換基もしくは炭素数6~24のアルケニル置換基を一つ以上含むアリール基を表し、Aは炭素数2~4のアルキレン基を表し、mは0~20であり、R1及びR2は同じであっても、異なっていてもよく、水素、アルキル基、アルケニル基、アリール基、又はR-(OA)m(ここにR、A及びmは上記で示されるもの)を表す。

Ⅱ.これに対して原査定の拒絶の理由となった特許異議の決定に記載された理由の概要は、本願発明は特許異議申立人東洋アルミニウム株式会社の提示した甲第4号証の英国特許第1116721号明細書(以下「引用例」という)に記載された発明と同一であるから特許法第29条第1項第3号の規定によって特許を受けることができない、というにある。

Ⅲ.そこで引用例を見てみるに、引用例には下記一般式(以下「A式」という)で示される非イオ

〈省略〉

ン系で、表面活性を有する正リン酸のトリエステルを表面に付与された易分散性の顔料無機粉体についての発明が記載されている。そして上式中、R1、R2及びR3同一又は相異なるアルキル又はシクロアルキル基を表わすことのあること、トリエステルのアルキル基は、CnH2n+1(但し、1≦n≦20)で示されるアルキル基を含むことのあること及び顔料粉末としてはアルミニウム(A1)-ブロンズ(青銅)等の金属粉末の含まれることが記載されている。

Ⅳ.ところで本願発明は被処理物としてアルミニウム粉末及びその処理のための化合物(以下「処理剤化合物」という)としてアルミニウム粉末基準で0.1~20重量%の上記特許請求の範囲に記載される一般式の有機リン酸エステル化合物(但し、トリオクチルホスフェートを除く)を用い、貯蔵安定性に優れた水性塗料用の水分散性のアルミニウム粉末ペースト組成物とするものであるが、原審におけろ本願発明と引用例発明とが同一であるとの判断に対して、審判請求人は「引用例には本願発明の一般式で示される有機リン酸エステル化合物を表面に付着した易分散性の粉末物質の開示はなされているけれども、ここで得られているものは、完全に乾燥された、易分散性の金属粉末組成物であって、本願発明の水分散性のアルミニウム粉末ペースト組成物とは全く別異のものである」及び「金属粉末として引用例にアルミニウム-ブロンズは記載されているが、実施例ではアルミニウム粉末もアルミニウム-ブロンズ粉末も全く用いられていない」旨の主張をしているので、この点について以下に審及する。

Ⅳ.(1)先ず、被処理物について、引用例発明の実施例には審判請求人のいうようにアルミニウム粉末自体は示されていないけれども、発明の詳細な説明の記載によれば顔料として使用される無機粉末全般が処理の対象となっているのであり、たまたま好適なものの一として上記アルミニウム-ブロンズ粉末が例示されているものと認められるので、アルミニウム粉末が顔料用の金属粉末として代表的なものである以上、明細書の記載中にアルミニウム粉末が示されていないからといって、被処理物に本願発明のアルミニウム粉末が含まれていないとすることはできないから、被処理物において両者は共通するものである。

(2)次に処理剤化合物について見てみると、本願発明の特許請求の範囲に記載される処理剤化合物の一般式(以下「B式」という)においてm=0、R=C6~C24のアルキル基、R1、R2=R (=C6~C24アルキル基)の場合と引用例発明の処理剤化合物のA式のR1、R2、R3=C1~C20のアルキル基の場合とは、本願発明においてトリオクチルホスフェート(m=0、R、R2、R3=CH17のもの)を除いてはいるけれども、それ以外のときのアルキル基の場合(即ち、m=0、R、R2、R3=C4~C7、C9~C20のとき)において同一といわざるを得ない。

(3)さらに本願発明では貯蔵安定性に優れた水性塗料用の水分散性アルミニウム粉末ペースト組成物とあるのに対して、引用例発明においては、水に易分散性のアルミニウムを含む無機粉末を塗料の用途に供することが示されているだけで、顔料ベーストとして使用することは明示されてはいないけれども、ここで得られた無機粉末顔料を水または有機溶媒の助けによって液状として用いる旨の記載もある(引用例公報第3頁第77行乃至乃乃85行)し、一般に顔料の使用に際して、顔料を乾燥状態でそのまま塗料ベヒクルに混入するより、むしろ一旦ベヒクルに馴じみの良い液状体にして混合する、例えば水性塗料に混入するのであれば顔料の水性ペーストとして混合するのは当業者の慣用的な手段であるから、この点にも差異が認められない。

Ⅴ.以上のことから本願発明は引用例に記載された発明と被処理物、処理剤化合物及び得られた組成物において同一であるから、本願は、原審で拒絶された理由によって拒絶されるべきものと認められる。

よって結論のとおり審決する。

平成1年1月31日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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